「思うことを言う」―子どものとき出会った「日本国憲法」

『あたらしい憲法のはなし』1947年 文部省発行

『あたらしい憲法のはなし』1947年 文部省発行

 <らいてうの家オープン>

 4月21日からずっと「らいてうの家」のオープン準備とオープン行事のため「山」にこもっていました。8年間でいたんだ入り口の木製スロープも新しくしました。「コンクリートにしたら半永久的」とか「外国産材にすれば安い」とかいろいろありましたが、お金もないくせに断固「国産材で」と頼み、3月中は雪があって工事できないので、4月の雪解けを待って完成(消費税8%!)。「らいてうの家大好き」の大河内昭子さんが寄付をしてくださって費用を賄うことができました。大河内さん有難う!

26日のオープン後帰京するつもりでしたが「会いたい」という友人たちが次々に訪ねてきてくれて結局帰宅は30日に。「根拠地」のアパートがなくなったので、上田の友人宅、家の裏にあるホテル、駅前のビジネスホテルなどを転々とし、「家なき子」か「バッグレディ」の心境でしたが、久しぶりに山へ戻って「森のやまんば」復活です。それはいい気分でした。論文は書きかけでしたが資料がなくてはパソコンも使えず、早寝早起きと快眠快食でいい空気を満喫、「ここにわたし用の山小屋を建てたい!」と叫んでしまいました。

らいてうの家の真新しい木のスロープ

らいてうの家の真新しい木のスロープ

 <やっぱり今日は憲法の話>

 その報告もしたいのですが、今日はなんといっても憲法記念日。あのNHKの世論調査でも「改正賛成」が減り、「九条を守る」意見が大幅に増えたそうです。「集団的自衛権」も「今の行使できない解釈を維持すべき」「集団的自衛権行使にそもそも反対」の意見が「行使賛成」を上回ったというから、やはり現政権の“暴走”に危機感を感じる人がふえたのですね。

 わたしは、10数年前に『子どものとき憲法に出会った』(かもがわブックレット)を出版しました。戦時中の軍国主義教育の権化?だった国民学校にまるまる6年間在学した唯一の世代(国民学校は1941年から47年まで6年間だけ存続)であるわたしが、新制中学最初の1年生になったとき、文部省が『あたらしい憲法のはなし』を副読本として配布したのです。「戦争放棄」も「国民主権」も「男女平等」もぜんぶこれで教わりました。その体験を書いた1冊です。

 一番印象に残ったのは、「憲法は われわれの基本的人権として……などの権利を保障している」と書かれた1枚のさしえでした。「……」の最初に書いてあったのは「じぶんの思うことを言い」でした。これは第二十一条「集会・言論・結社の自由」をやさしく書いたのだと思いますが、わたしは何も知りませんでした。ただ「思うことを言わなければ<けんぽういはん>なんだ」と思ってしまったのがその後の人生に決定的な影響をあたえたことは確かです。それでどうなったかって?いやいや「女のくせに理屈をこねる」と非難されたり、「こんなにうるさいのを教授会のメンバーにしたら困る」と「万年助手」のままだったりとか、「憲法を守る」のは大変だということを思い知らされましたけれどね。でも悔いなき人生でした。

 今、わたしたちは「空気を読めるかどうか」などと言われ、秘密保護法で口をふさがれることを恐れなければならなくなっています。憲法記念日の今日、初心に返って「思うこと」を言い続けましょう。え?「まだしゃべる気か」ですって?

はい、このごろ耳も目も年相応になってきましたが、一方通行でしゃべることならまだできる、と思っています。このブログも、その一つですが…。

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「思うことを言う」―子どものとき出会った「日本国憲法」 への1件のフィードバック

  1. 「思うことを言わなければ<けんぽういはん>二重まるです。
    でも「悔いなき人生でした」と過去形で云われると、やや寂しい。
    山小屋作るべし。暖房完備で。10年は使うよ。

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