「帆立にカミつかれた」話 

大みそかまで、もうあと2日しかありません。原稿は書けず、掃除をする気力もなくなり、昨日からどうしても買わねばならない三浦大根やヤツガシラなど(なますと煮物だけはつくるのです)を買いに出て、冷凍庫に眠っていた炊き込みご飯だのグラタンだのの片づけを始めました。そこへ届いたのが、なんと殻つきの「生帆立」!数日前に電話をいただいて、「口を開けるヘラが要りますよ」と言われ、「ナイフでもOK」と聞いて心待ちにしていたのですが、発泡スチロールの箱にぎっしり入った帆立を見て仰天。何しろまだ生きているのです。長旅でくたびれたのかバカンとだらしなく口を開けているヤツがいたので、「これならカンタン」と指をかけて開こうとしたら、たちまちキュッと締まり、指先をカミつかれる騒ぎに。あわててナイフを突っ込んで事なきを得ましたが、恐れ入りました。牛一頭解体するくらいの勢いでやっとこすっとこ口を開け、貝柱を外してまずはお刺身に。甘いのなんのって。黒い部分(ウロ)だけは取り除き、ヒモやら何やらはバタ焼きにレモンとしょうゆを垂らして頂きました。「いのちを食する」とはこのことかと思いつつ―.もちろん姉やら近くの知り人へへのおすそわけも忘れずに―。

生きてる帆立

生きてる帆立

送り主は、大船渡の田中さん夫妻です。じつは総選挙に先立つ11月、大船渡では市議の補選がありました。改選は2016年ですが、その前の市長選に市議の一人が辞職して立候補するというので、急きょ補選になったのです。田中さんともうひとり(前回次点落選の候補)の「一騎打ち」でした。結果は惜敗でしたが、何しろ得票率が46.7%だったというから、大船渡市の共産党にとっては空前(絶後とは言いませんが)の高さだったのだそうです。12月の総選挙でも「共産党躍進」と言われましたが、その前兆?だったわけですねえ。でも、つくづく思うのですが、選挙はもちろん政策で勝負ですが、人柄も大事。田中さんの人柄にほれ込む人が多くなっているのではないでしょうか・・・

初めて会った時の田中さん夫妻(左の2人)

初めて会った時の田中さん夫妻(左の2人)

さて、わたしもほんの少しカンパしましたが、だからってこんな頂き物をしていいとは思いません。でも、あの東日本大震災の被災地三陸の海で採れた帆立です。「3年半くらい育てたものです。震災の後、やっと海のめぐみが帰ってきたのですよ」と笑う田中さん。今は厳寒期ですが、来年3月、また山田さん夫妻が誘ってくださったら、ダウンコートに身を固めて行きたいと思っています。

とりあえず「ご健闘祝い」と思い、東北のお酒じゃつまらないから東京のお酒を探したけれど、唯一見かけた「澤乃井」は4合びんしかなく、「これじゃ足りない」と駄々をこねて、すすめられるままに大分は臼杵のお酒を送りました。野上弥生子の実家小手川酒造ではありませんでしたが。戦後70年の来年を「よい年」にするためのエールです。田中さん、有難う!

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