清水の仮設で「お茶っこ」―6回目の大船渡訪問 その2 

3月9日は、去年も行った清水(しず)の仮設住宅談話室で「山田さんのお茶っこ」をしました。用意したお茶碗は、お雛様あり、桜あり、白椿も咲いている「春尽くし」。お菓子も桜まんじゅう、懐紙は椿と、山田さんの心づくしです。

「また来ましたー」と挨拶すると、集まった方もニコニコ。一緒に来て下さった大船渡在住の平山さんがこのあたりの歴史に詳しく、「この辺って昔、金が出たのよ」と砂金採りの話を手振り身振りでするのがおもしろくておしゃべりがはずみました。地震と津波からもう4年、自宅を再建したり公営の復興住宅が決まって引っ越す人も出てきましたが、まだ仮設に残る人も少なくありません。ここは比較的地域の方がまとまって仮設に入っていたので、引っ越してもお茶っこに来たいという方もありました。でも、隣の席にいた方は「公営住宅に申し込んでいるけれど、いつ当たるかわからない」そうです。86歳と言っておられました。

清水のお茶っこ

清水のお茶っこ

何となく二人で話し込む格好になり、手術を何回もしたせいか、仮設の冬は何枚重ね着しても寒くてね、といった話から、「子どもたちのうち、娘一人は大船渡ではたらいているけど息子たちは千葉や東京に行ってしまってね、長男は津波の後、病気で亡くなったの、この間3回忌をしたばかり」と聞いてしゅん、となりました。53歳だったそうです。「胸が張り裂けそう」と言われ、「葬儀もお墓もみんな向こうでね、こちらからは簡単に行けないし」とさびしそうでした。津波の故郷に帰らなかったのは、残る親に負担をかけまいという思いやりだったのかもしれませんが・・・。「3.11」当日はもちろんですが、4年経つあいだにも「胸が張り裂けるような」思いで暮らしている方たちがいるのです。

そのうち外から何やら音楽が聞こえてきたと思ったら、「ちょっと行ってきます」と席を立つ方がありました。ついて行ってみるとそれは小型トラックに日用品や肉・魚・卵・野菜などを積んだ移動販売車でした。「助かるのよね」と言いながら何人もやってきて買物をしています。仮設に残る人が少なくなっても来てほしいものです。

移動販売車

移動販売車

談話室にも、かわいい内裏雛が飾ってありました。津波でお雛様を流されたお宅もあったといいますが、この日は暖かく、部屋はすっかり春の気分でした。

談話室のお雛様

談話室のお雛様

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