「憲法」と「いのち」を考える―私説ジェンダー的憲法論

5月3日、横浜の憲法集会は主催者が「1万人」と思っていたら「3万人」集まったという盛況でした。改憲派の集会は東京では2か所で開かれ、それぞれ「約900人」と「約450人」だったそうですから、「勝負あった」のではないでしょうか。

横浜に住む友人は写真を送ってきてくれました。彼は辺野古にも行ってきたという昔の同級生です。ということは80歳なんだけれど、横浜と言っても彼の住まいはこの臨港パークからはかなりあるはずなのにエライ!写真を借用してその一端をお伝えします。

5.3憲法集会会場

5.3憲法集会会場

ハマの海をバックに

ハマの海をバックに

ところで、3日を中心に憲法問題の世論調査が各紙に紹介されています。私が見たのは朝日と毎日ですが、毎日は「憲法9条を「改正すべきだと思わない」が55%で、「思う」の27%を大きく上回った。昨年4月の調査では「改正すべきだと思わない」51%、「思う」36%だった。政府・与党が集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案の準備を進める中、9条改正慎重派は増えている。 一方、憲法を「改正すべきだと思う」は45%、「思わない」は43%でほぼ拮抗(きっこう)した」とあり、「参院では現在、改憲の発議に必要な「3分の2以上」の賛成を与党だけでは確保できない。来年の参院選で改憲を争点として重視するかどうかという問いでは、「重視する」が56%、「重視しない」が33%だった。憲法を「改正すべきだと思う」層と「思わない」層のいずれも「重視する」が60%を占めており、改憲への賛否が選挙結果にどう影響するかは現時点で見通せない」と解説しています。(調査は4月18、19の両日実施)。

朝日は、「憲法改正の是非」について、「変える必要はない」48%(昨年2月には50%)、「変える必要がある」43%(昨年は44%)で「変えない」派がやや上回った程度だそうです。ただ九条については「変えないほうがいい」が63%(昨年は64%)、「変えたほうがよい」は29%でした。男女別の回答も一部紹介されていて、それによると憲法を「変える必要がある」は男性47%に対し女性は39%、「変える必要はない」が男性47%に対し女性は49%、「九条を変えない方がよい」女性は「69%に及んだ」とあります。

世論調査で、女性の方が「平和主義」を重視する回答が多いのは今回だけではありません。また原発問題でも「再稼働」に疑問や反対の意見は女性の方が多いのです。もちろん「すべての女性は平和主義」とか「男性は好戦的」などというつもりではありません。安倍内閣の女性閣僚は選ばれた「タカ派」です(そうでないと思われた閣僚ははやばやと更迭された)。ただ憲法や原発問題への反応には明らかに性別の有意差があることを無視してはいけないと思っています。そしてこの春のいっせい地方選挙で「女性の政治参加度」の低さが問題になりました。「女性ゼロ」の議会もまだあり、セクハラは言うに及ばず、「美人市議」などと不謹慎なことを言うメディアも跡を絶ちません。一番問題は「女性が政治の世界で生きて行くために<男性化>を迫られてしまう」ということです。

昔学問の世界もそうでした。女性は一人前の研究者とみなされず、結婚出産はもってのほかでした。わたしが大学で「万年助手」だったのは、就職直後に結婚してしまい、おまけに「二人も」子どもを産んでしまって、保育所運動やPTA活動に熱中したことが(それだけではありませんが)「学問をやる気がない」と思われたことは事実です。わたしは結婚願望も母親になりたいとも思っていなかったのに、半ば意地で共働きの母親が研究者になってなぜ悪いの、と自分の能力を棚に上げて「両刀使い」をしてみたわけです。だから子どもたちに、「おかあさんが少しばかり意地っ張りでなかったら、あなたたちはこの世にいなかったかも知れない」とキョーハクして、「意地っ張り人生」を送ってきたのですが…。

脱線失礼。私は自分の生活体験から「いのちを産む」性としての女性が平和構築の主体になることが世界平和への途だと信じるようになったのですが、それは何も女性の専売特許ではないと思っています。朝日新聞に「改憲論者」小林節さんの談話が載っていました。以下引用します(朝日新聞2015年5月4日付)

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憲法改正は必要と考えています。ただし自民党が2012年に発表した改正草案のように、国民を、しつけ直そうとするのは間違い。国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という現憲法の三大原理は変えるべきではない。人類がたどり着いた真理だからです。

憲法とは権力者を縛り、国民の権利を守る法。国会でそのことを説明したが、質問した議員には分かってもらえなかったようです。

自民の草案には、家族の助け合いまで書いてある。道徳をも縛ろうとする憲法観はひどすぎます。そう言うと「専門家の傲慢(ごうまん)」と非難されますが、過去の知識に学ぼうともしないのは、「素人の怠慢」では。

憲法学者になったころ議員の勉強会などに呼ばれました。改憲を主張する学者は重宝だったのでしょう。私も未熟で、「1億人を守る戦争で3千人が死ぬのは『コスト』のうち」といった乱暴な議論もしていた。

 少しずつ考えが変わる、最初のきっかけは、娘が生まれたこと。赤ん坊を抱きしめる妻を見て、ひとつの命にたくさんの人の思いがあるのを感じました。(強調は引用者)

政府がイラクやインド洋に自衛隊を派遣したのには怒りをおぼえました。改憲もせずに「非戦闘地域」というウソの概念で戦争に参加するのは許されません。現政権は96条の改正で発議要件を緩和しようとしました。相対多数決だけで変えるべきではなく、裏口入学に等しい。

9条は改正すべきです。侵略戦争放棄と自衛軍保持を明記する。ただし時の政権の思いのままに、米国の「2軍」としてたやすく海外に出してはならず、国連の正式な要請は必須です。

今後、都合のいい解釈を許さないためにも明文化すべきですが、集団的自衛権の行使を解釈変更で認めてしまった現政権に、憲法改正はゆだねられません。

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わたしは「自衛軍」が容易に「自衛のため」他国を侵略した歴史的教訓をキチンと総括しない日本の政府に「自衛軍」をもたせる気はなく、「九条」の言うとおり「非武装」でいいと思っています。しかし、小林節さんが「一億人を守るために3千人死ぬのはコストのうち」という発想から「考えが変わるきっかけ」は「娘が生まれたこと」だったと言われたことには、いたく共感しました。

いのちを産むことによって、あるいはいのちを産む性であることによって、いのちを守らねばならぬという意識が生まれるのを「母性」と呼ぶなら、それは人権と平和を体現しているのだから、当然男性も共有できる価値観です。

今回の憲法集会もメインテーマは「平和といのちを人権を!」でした。「3.11」の津波と福島原発事故もそうです。その「いのち」を一国の、あるいは全地球の普遍的価値にするために、女性がそのことを主張しかつそれが受け入れられる状況をつくらなければならない。だから「女性が平和構築の主体に」ということになるのだと、わたしは思っています。

小林節さんが言う「国民主権」と「基本的人権」と「平和主義」こそ女性が戦争や原発に反対する根本的な理由だ、と。憲法上「自衛軍」さえもたずに70年間平和を守り続けてきた歴史こそ「平和構築に対する日本の貢献」ではないでしょうか。小林節さん、考えてみようではありませんか。

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