またひとり、ハルモニの訃報 15.5.28

またひとり、高齢のハルモニの訃報が…。「生きている間に謝罪と補償を」というねがいはいつ実現するのでしょうか。わたしたちは、どう彼女に応えるべきでしょうか…。以下具島さんのメールから引用。

「5月27日午後7時50分にイ・ヒョスン ハルモニが享年91で亡くなられました。

イ・ヒョスンハルモニ 享年91

イ・ヒョスンハルモニ 享年91

1925年慶南ウィリョン郡で生まれたハルモニは、17歳ごろ突然家に入ってきた日本兵2人に連行されました。釜山・日本を経て台湾・中国・シンガポール・ベトナムで約3年間日本軍「慰安婦」生活を強いられ、言うことを聞かないと拷問をうけるなどの苦痛を被りました。

解放後、釜山を経て馬山へもどりましたが、家に帰ることはできず、母が亡くなったという知らせにも家には帰ることができませんでした。

イ・ヒョスン ハルモニが亡くなり、日本軍「慰安婦」生存者は52名になりました。
ハルモニが逝く道が寂しくないよう冥福をお祈りください。
一日も早く日本軍「慰安婦」問題が解決され、ハルモニが少しでも安らかに眠ることができるよう願います」(引用終り)。

その今日、「2015年日韓歴史問題に関して日本の知識人は声明する」という声明のよびかけに賛同して署名し、返事をだしました。これは2010年「韓国併合100年」にあたって日韓知識人共同声明を出した時の経験を生かし、今回は「慰安婦問題」の解決を求める点の重点を置いた声明になったとあります。わたしが感銘深く受け止めたのは、かつて日本政府が民間の募金による「アジア女性基金」により「償い金」事業をおこなおうとしたが、政府資金は支出されないことに反発があって被害者が受け取りを拒否した事実にも触れ、日韓両政府が協力して解決を進めるべきという提言をしていることで、呼びかけ人には当時この基金の活動を推進した人も、それを強く批判した方も加わっているということです。「生存者が50数人になった今」一刻も早く解決を、という訴えにわたしも共感したばかりだったのです。「遅すぎる」けれど「今言わないのはもっと悪い」。

なお、呼びかけには、先ごろの「アメリカの日本研究者187人(これはその後どんどん増えて行ったということです)の「日本の歴史家を支持する声明」に応える気持ちもあったと書かれています。ちなみに「知識人」とは「Intellectuals in Japan」の意味だそうです。わたしは自分がこれに該当するかどうかわかりませんが、「自分で考えている人間はインテリだ」と思って応じました。

そして、この問題で日本の歴史学会・歴史教育団体16団体が25日に「『慰安婦問題』に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明」を発表したことも報告しなくちゃ。そのなかに歴史科学協議会、東京歴史科学研究会、総合女性史学会の名が並んでいることにも私は或る感慨を覚えました。その3学会はいずれもわたしが「代表」あるいは「代表委員」をつとめたことがある学会だからです。若い世代の研究者ががんばっていることに「希望」をつなぎたい、と思いました。

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