忘れたころの「恩地孝四郎論」―池内紀『恩地孝四郎―一つの伝記』を読みました。   

 

我が家の「カゼ騒動」は、だいぶ落ち着きました。わたしはほぼ治りましたが、つれあいはどうも「バイキン」があちこちに入り込んで悪さをしたらしく、昨日も医者から抗生物質の薬ををもらって神妙に服用しています。どこかでがん細胞がいたずらしているのではないかと心配しましたがそれは「杞憂」だったらしい。年をとると何が起こっても驚いてはいけないとは思いますが、ほっとしたので、「お休み」せずにまた書きます。

2月に「恩地孝四郎展」を観た感想を書きましたが、そのとき気になって彼について書いた本を読もうと思い、図書館で上記の本をリクエストしました。なぜこの本にしたかというと、ドイツ文学者の池内さんが論じたという点に興味を持ったことと、彼が訳したカントの『永遠平和のために』という本を読んで気に入っていたからです。「貸し出し中」だったので予約したのですがいっこうに連絡がなく、そのうちこっちも忘れてしまいました。ところが2か月近く経って「準備できました」というメールが。きっとなかなか返さない人がいたんだ、とあわてて借りにいった次第です(幻戯書房 2012年刊)。

「一つの伝記」とありますが、ちょっと風変わりです。よくある出身地から親の経歴、学歴などを丁寧に追いかける「伝記」もありますが、これは池内さん自作の「年譜」はついているものの、そういう記述は殆ど飛ばし。ご本人が「評伝とはいえ、生活に及ぶところはきわめて少ない。私自身、他人の私生活に立ち入ることを好まず、作品と時代を通して十分にひとりの人間の生涯はつづれると信じている」からだそうです。そういう意味で彼自身が「三部作」と名づける『見知らぬオトカム―辻まことの肖像』『ことばの哲学―関口存男のこと』を読んでいないのでわかりませんが、なるほどと思いました。わたしなど、恩地孝四郎といえば「装幀画家」というイメージが強く、先般の展覧会をみてその浅薄さを反省したものですが、世の中にはこうした「刷り込み」がたくさんあることを実感している今、ともかく池内版「恩地孝四郎論」を読みました。たいへん面白かったです。彼が大正デモクラシー(このイメージ自体が歴史上何べんも転換しているのですが)の時代から戦中を生き、戦後それまで顧みられなかった「版画」―それも抽象の世界―が一挙にもてはやされるようになっても、自己の精神をうごかすことはなかったというくだりは、考えさせられました。わたしが気になった戦中の「日本版画奉公会」理事長にまつりあげられて「楠公銅像掃除にタワシを持って」出かけたり「茨城の内村道場や岩手の松尾鉱山を慰問したり」したことについても、恩地自身はどんな思いだったかを語ってはいないとしながら、その時期にあたる1943年の恩地孝四郎の代表作「『氷島』の著者(萩原朔太郎像)」に(前年に世を去った朔太郎の)「苦渋に満ちた顔に孤独と憂愁が色濃い」と書き「朔太郎像であるとともにひそかな自画像でもあったろう」と示唆している点は興味深い指摘でした。

というわけで、「人と時代」のかかわりをどうとらえるか、おおいに示唆に満ちた「評伝」であったと思います。ただ、一つだけ感想を。わたしがひっかかった『イマージュNO6母性(1)』(1951)―亡くなる前年の『イマージュNO9 自分の死貌』(1954)との共振性が指摘されている―についてこの本では全く言及されていません。なぜだろう。「他人の私生活に立ち入ることを好まない」という姿勢からいえば、恩地孝四郎の「死」への道程を「母の胎内への回帰」というようなところに結びつける考察は、池内さんのとるところではないだろうという気がし、その点ではわたしも共感するところがあります。しかし戦中も「苦渋・孤独・憂愁」の思いを刻んでいたのではないかというならば、息子を戦死させた一人のアーティストが、その事実と戦後の自己の創作活動とは無縁ではありえなかったのではないか、という疑問は、この本では触れられていないので解けませんでした。

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池内紀『恩地孝四郎―一つの評伝』 幻戯書房 2012

宿題をもらったような気がして読み終わった次第です。

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