「最悪の誕生日」?―82歳になりました。 

82歳になりました。今朝はうたた寝から夜明けに目をさまし、太陽光発電問題の相手に、力を込めて返事のメールを書き、シャワーを浴びてパンとコーヒーの朝食をすませました。

それにしても、こんな状態では、とても「ハッピイ バースデー」とはいかないなあ。つれあいは伊豆の山小屋に出かけていて、ここ数日は一人です。一人になったら食事をつくる気力も失せ、黄色くなりかけたブロッコリや熟しすぎたトマト、これだけは美味しいキャベツ(らいてうの家近くで買い、宅急便で送った!)などで生き延びています。つれあいが言うには「オレが先に死んだら、あんたは暮らしていけなくなる」そうで、普通ならそれは妻が夫に言うセリフらしいのですが、これを「性役割から自由」というのでしょうか?「じゃあ、長生きして」と掛け合い漫才です。13日には、彼の誕生日も9月なので二人分まとめておいしいものを食べに行こうかと言っているのですが・・・。それまでに、ぎっしり詰まった予定を片付けなくてはなりません。70歳になったころ、誕生日にひとりで映画を観に行き、サウンドトラックを手に入れて楽しんだり、青山のジャズライブブハウスが「「敬老の日」にちなんで高齢者を無料招待」というのに応募したこともありましたが、そんな優雅な日々は今や夢と化しました。

歴史科学協議会という歴史学会から「会の創立50周年記念に」と原稿を依頼されたのは7月でした。わたしはこの会の前身である雑誌『歴史評論編集委員会』という組織で1959年ごろから委員を務め、「歴科協」になってからも代表委員を務めたことがあります。一応引き受けたけれど、その後のイベント準備や太陽光発電問題に忙殺され、「忘れて」いました。催促も来なかったのでもう外されたと思って放っておいたら「やっぱり書け」との連絡です。学会活動に縁がなくなって久しいので、気がすすみませんでしたが、考えてみたら最近著名な歴史家が次々に旅立ってしまい、鈴木良さん、中村政則さん、安丸良夫さんなど、みな「同期のサクラ」です。まあ東京オリンピックを見ることはない(生きていても)という予感がしているので「この世の名残り」を一言なら、とOKしました。それも書かなくては。

太陽光発電問題は、思わぬ問題をわたしたちにつきつけました。大げさに言うと、これはたんにメガソーラーは景観が悪くなると言った問題にとどまらず、長野県の美しい自然がグローバリゼーションで日本に流れ込んできた海外の投資会社の手で無残にこわされていく構図のミニチュア版です。全国各地で起こっていると思う。それは後で。今や英語で飛び込んでくるメールに日本語で返事を出す始末で、それだけでもパソコンの画面が見えなくなるくらい追われています。以上誕生日の朝に。

 

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