脇田晴子さん逝く―「ある程の菊投げ入れよ棺の中」(漱石)の心境です。

9月のお彼岸って、なにやら“不吉な予感”のする季節です。何年かまえに友人のご夫君が旅立たれたのは9月23日でした。そして今年は歴史家脇田晴子さんの訃報を聴くことに。文化勲章受章者とあって新聞やテレビでも報道されましたが、中世都市史研究で新しい視点を切り拓き、女性史研究でもリーダーシップを発揮した方でした。研究機関に属さず(つまりポストがなく)、文部省(当時)の科学研究費を申請する条件さえもっていなかった在野の女性史研究者を含めて科研費を獲得、前近代だけでなく近現代も網羅した『日本女性史』全5巻の刊行に尽力されたたことは夙に知られています。彼女を師と仰ぐ研究者も国内外に少なくなく、昔女性史の国際学会で彼女の報告を聞いたのですが、ご本人は壇上でゆったり構えて一言も発せず、お弟子さんが流暢な英語で原稿を読み上げたうえ、会場から質問が出ると先生の答えを待たずに切り返すという“離れ業”を演じたのを、ただただ感嘆してみていた記憶があります。

最近は年賀状もいただかなくなり、ご闘病中といううわさは風の便りに聞いていましたが、9月27日、卒然として逝かれました。享年82。じつはわたしと同世代です。夏目漱石は、恋人説もある愛弟子の歌人大塚楠緒子の早すぎる死を悼んで、「ある程の菊投げ入れよ棺の中」の一句を贈ったそうですが、脇田晴子さんへの惜別の思いにも通じるような気がします。脇田さんには白い野菊の一束よりも、薄紫に咲く大輪の菊が似合うような、いや、能楽に造詣が深く自らも舞台に立ったことのある脇田さんには、いっそ能の『山姥』のように高貴な山姥となって深い山中をひとり行く姿がふさわしいかもしれない…。合掌。

 

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