岡山県美咲町の町議選で藤井智江さんが当選! 

4月は地方選挙がいくつもあります。わたしが気にしていたのは、岡山県美咲町の町議選。4月16日投開票でした。東京にいると、ほとんど報道されません。ネットを探しても16日当日ではなかなか結果が出てこないのでやきもき。なぜ関心があるかというと、わたしの友人藤井智江さんが立候補していたからです。付き合いはもう二十数年も前、まだ合併前の柵原町職員だった彼女が「男女共同参画の講演会を」と依頼してきたのが始まりでした。岡山と言っても県中央部の「山側じゃけん、新幹線より飛行機のほうが近い」と言われたのですが、ケチして新幹線で行きました。数日前に電話がかかってきて「予算がないので高齢者向け講座と合同でやることになりましたから、よろしく」とのこと。当日はおじいちゃんおばあちゃんで満員となりました。わたしは「なんで『おーいお茶』というのは男性なんでしょうね」というところから話をはじめ、まあ笑ってもらって無事「ご期待」におこたえ申しあげたのですが、それからの彼女の気配りが半端じゃなかったのです。

何しろ毎年のように岡山の桃が届くのです。1994年7月、わたしの母が90歳で亡くなる間際に届いたのもみずみずしくみごとな白桃でした。今でも忘れられません。その後は桃大好き人間の娘がその頃になるとアメリカの留学先から帰国して(まさか桃目当てじゃないけど)、母の供養の代わりに頂いています。はるばるらいてうの家も訪問してくれました。「お酒、飲みます」というから、らいてうの家のラベルを貼ったお酒『無限生成』(上田で創業300余年、女性杜氏のいる酒蔵岡崎酒造製)を送ったこともあります。でも彼女の面倒見の良さは、それどころじゃない。ヘルパー資格を持ち、「住民に親切にしすぎて」福祉担当から「山の上の温泉の受付」に飛ばされた挙句、戻ってきたときは「税務担当」だったそうです。夜中になると長い電話がかかってくるので、「いいじゃん、国保とか介護保険のことを知らない人が大勢いるから、みなさんに権利があるということを教えてあげて、ジャンジャン申請してもらえば」などとヤジ馬的入れ智恵をしたこともあります。

めでたく定年になったのが4年前。その日、わたしは大きなチューリップの花束をプレゼントしてお祝いしました。ところがその前から彼女の悩みは「町議選に出て」というラブコールだったらしい。「退職したら、近所のお年寄りやらひとりぐらしのひとやらのお世話をしてあげたい」という夢もあった彼女には、「とても無理」と悩んでいたのです。わたしは例によって「あなたが自分でやりたいと思えるなら手をあげれば。でも他にしたいことがあるなら、町政を変えるためと言われても断れば」と無責任な意見を述べただけでしたが、ついにどたんばで決心、でも時すでに遅く結果はザンネンながら落選でした(一人はみ出しの7票差)。

そこで、負けず嫌いの彼女に火がついたのです。「どうせやるなら次はかならず」と町議会を傍聴しては町民に知らせ、地道に集まりを持って「草の根」の活動に。わたしは「選挙の時応援に行くよ」と言ったのですが、いよいよ近づいたときには「ヨソモノのバアサン」が行っても足手まといになると思い直して、カンパを送るだけにしたのです。開票の夜、電話がかかってきました。定数14人(2人減)のところ「9位」で当選とのこと。立候補者は16人で新人は彼女ともうひとりの2人だけ。現職を追い抜いての当選でした。思わず「よかったねえ」と叫んでしまった。彼女に投票してくれたのは591人(前回は417票)。共産党の彼女ともう一人公明党以外は全員無所属というなかで、ふえた174票の重みよ!女性議員が2人になったことも意義ありです。藤井さん、「65歳の挑戦」がんばってね。わたしがらいてうの家につかまったときも65歳で、それから17年経って未だやっているのだから、三期か四期はだいじょうぶ(自分はもう保たないくせに、他人にはそういう?)。

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