ポレポレ東中野で映画『きらめく拍手の音』を観ました。―7月の積み残し その3  

 

この忙しいのに、なんで映画など観に行ったのか?7月21日、東中野を通って都心へ出るのに時間があったから、というだけの理由です。70分というのがちょうどよい時間だった。でも、最終日の一回だけの上映に間に合い、見てよかったです。ざわざわする心がほっと休まる気持ちになりました。

これは韓国の若い女性監督イギル・ボラが耳の聴こえない両親と向き合い、彼らの日常生活をありのままにとらえたドキュメンタリー映画です。この映画で、わたしは耳が聴こえるものにとって「拍手」は手を打ち合わせる動作とその音によって表現されるけれど、聴覚障がい者は両手をひらひらさせることで表現するのだと知りました。その「きらめく」手の動きの美しさを味わわせてくれた映画でした。

「どうして両親の映画を撮ったのか」という問いに、娘である監督は「聴こえない両親の世界を見せたいと思ったから」と答えています。ろう者の生活を「音のない世界」と思いこむのはまちがいで、日常生活にはたくさんの生活音があり、彼女の両親も声を発します。その声が美しい、とボラはいうのです。映画では手話が出てきます。手の動きを伝えなければならないので、顔だけクローズアップすることが難しい。そういった苦労を経て映画は、二人の子どもを育て上げ、自分たちの家を建てたいという夢を語り合う両親を、ただ「家族の一員」としてだけでなく、この世に生きる「美しい人」として描き出すのです。ふたりがカラオケで熱唱するシーンも、「ここに家を」と言いながら空き地でナズナを摘む風景も、魅力的でした。

両親が聴覚障がい者である子どものことを「コーダ(CODA―Children Of Def Adultsと」呼ぶこともこの映画で知りました。映画にはボラ監督の弟も登場、早くから障がい者の子だから「よい子」でないといけないような気がしていたという思い出を語ります。ボラもそうだった、と。そこから自由になろうと冒険する子どもを両親は驚きながらも温かく見守る。その中で「両親の美しい世界」を撮るようになったボラもまた美しい。わたしも手をひらひらさせて拍手を送りたくなった映画でした。映画の世界では今、(日本もふくめて)若い女性監督が輩出していますが、その感性を受け止めたい、と思いました。

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「きらめく拍手の音」パンフレットより

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