「太陽光発電とらいてうの家」再考    

「7月の積み残し」を書ききらないうちにもう8月がどんどん過ぎて行きます。この1週間が空白だったのは、ふだんテレビをほとんど見ないのに、8月だけは戦争や原爆の記憶をたどるドキュメントが次々に登場するのを見てしまったせいもありますが、それだけではありません。昨年夏にらいてうの家から道路一つ隔てただけの草地約7000坪(21000㎡)に太陽光パネルを立てる準メガソーラー級の計画が始まって以来、景観上も勾配の急な山道で今でも雨が降ると道路が洪水状態になるところで水害の心配もあることも、隣接の薬草園をはじめ自然の動植物の宝庫の生態系が壊されることも含め、「平和・協同・自然のひろば」をうたって、森の自然を守ってきたらいてうの家の基本理念がこわされるというので「計画の白紙撤回」を求めて運動してきたのですが、これからどういう攻防戦になるかをめぐってじつは「夜の目も寝られないほど」思案し、関係各方面と議論したり出かけて行ったりしていました。

それらはらいてうの会としての行動も含みますが、わたし個人の学習や意見交換もあり、運動の内容にかかわるのでここで「手の内」を見せるわけにいかないから今報告はできません。しかし、その過程で、わたしは「太陽光発電に反対」することがいかに難しいかということを、実感してきました。勿論、何べんも書きましたが、わたしたちもあのフクシマ原発事故以来「原発に代わる安全な自然エネルギーを」という主張に賛成してきたところです。しかし国の太陽光発電政策は電力会社の利益確保を優先し、FIT政策によって「儲かる事業」となって、規制もほとんどされないまま「野放し」状態のソーラーパネル林立が広がり、景観破壊、森林伐採や土地に保水力がなくなったための水害等の自然破壊、住宅地のすぐ近くまで開発されていわゆる反射光により高原の住宅までクーラーが必要な気温上昇等々の「公害」が発生、裁判にまでなったことは知られています。そのうえ、電気料金がさがって採算が取れなくなり、倒産する業者も出ているなかで、古いパネルが放置されるなどの事態も起っています。

わたしたちは、「地域の電気は自分たちで生み出そう」という市民運動型の太陽光発電運動には共感を持っています。しかし、今問題になっているのは地域づくりや自主的市民活動とは無縁な営利事業としての太陽光発電の横行です。らいてうの家の太陽光発電計画はその一つです。隣接するホテルの所有地ですが、かつてそのホテルは四阿山登山客のロッジでした。地元の方が支配人をつとめ、アットホームな雰囲気だったそうです。今でもホテルは「登山客のための無料駐車場」を開放しています。しかし、バブル崩壊以後経営が悪化、転々と転売された結果,現在のシンガポールに本社のある外資系企業の手に入りました。今社長というのは、現地にはおらず、経営を東京のコンサルタント会社が請け負うようになってから雰囲気はがらりと変わりました。要するにホテルの生命であるお客さん本位ではなくなり、利益優先型になってしまったのです。その行き着いたところが「浅間山が見える雲上ホテル」と銘打って自然を満喫できるという触れ込みなのに、その散歩道にあたるところを『太陽光発電』にしてしまうというのでした。昨年9月の説明会のとき、「そんなことをしたらホテルのお客が逃げてしまうのではないか」という質問に対し、ホテルのオーナーは不機嫌そうに「関係ない」と言い捨てました。7000坪と言っても土地の値段は、地元不動産屋さんでも「つけられない」というほどのところです。そこに付加価値をつけて転売する計画であることを,向こうは隠しませんでした。

その経過説明は省きますが、わたしたちはここにらいてうの家を建てて以来、ただらいてうの家の展示を見に来てもらうだけでなく、森に植樹をし、笹刈りをし、「森のめぐみ講座」と題する活動をひろげながら、らいてうの「自然と平和」を愛するこころざしを現在に生かそうと取り組んできました。予定地はホテル所有地の草地ですが、よく手入れされていて、2010年にはそこを貸してもらって夏祭りを実施、「案山子百体(実際は半分でしたが)」を山道までズラリとならべたり、敷地内にあるホテルの施設(白樺亭)を借りて地元の障がい児の絵の展覧会をしたり、上田市内の高校生たちの文化祭出品作品「マッチ棒アート」の巨大なパネルを、軽トラに載せて運んできたりしたこともあります。そこから道路一つ隔てたらいてうの家の庭で、国際的に知られているフルート奏者が「ウグイスの声を伴奏に」野外コンサートをしてくれたこともあります。こうした活動全体が「らいてうの家」を形成しているのです。

2010年夏祭り ここが太陽光発電予定地。奥にあるのがホテルの施設白樺亭

かかしたち ①

かかしたち ②

かかしたち ③

かかしたち ④

白樺亭内の展示

2010夏祭り400

草地を飾るモニュメント

今、予定地は雑草に覆われ、かつての面影はありません。放置されているのです。「他人の土地なのだから、向こうが別の用途にするということに意見は言えない」という声もあります。しかし、ここあずまや高原が別荘用地に開かれた時、土地の所有者は「ここを国際平和村に」と呼びかけ、らいてうが「見もしないで」この土地を買ったのは、その趣旨に共鳴したからに違いないと思われる日記帳も見つかりました。半世紀以上前ここに集まった人びとは「平和、静穏、哲学」をモットーに、「世俗的な営利事業をしない」という約束をしたという記録もあります。創建1300年という真田町の山家神社は四阿山に奥社を持ち、毎年この道を通って神事をするのです。すぐ隣には戦後間もなく土地の持ち主空の寄付によって生まれた長野県の「薬草栽培試験地(薬草園)」があり、ダイオウなど寒冷地の薬草が栽培されています。ここが県の予算がなくて荒れていた時代にもボランティアで手入れを続けてきた薬草を愛する人々もいて、今は長野県薬剤師会が管理しています。太陽光パネルによって気温上昇がおこるとダイオウなどの生育に悪影響があると心配されています。昨年9月の説明会で、工事を担当するLOOOP社は「気温上昇はほとんどない」といいましたが、じっさいには各地で気温上昇のため、道路際の柿の木の実が熟さずに落ちてしまうなどと言った実態が報告されています。

わたしたちは、ホテル所有者から事業を任された東京の投資会社に、標高1500メートル近くになる急傾斜の山地で災害の危険があることも含めて、こうしたと地域の歴史的文化的なあゆみを知っているかと聞きましたが、もちろん何も知りませんでした。「無駄な荒地を活用して自然エネルギーを生み出すのはいいことだ」の一点張りでした。

上田市は、乱立する太陽光パネル問題に対処するために事業者に対し「指導要綱」を出して「近隣関係者と合意を取り付けるように説明会を開くこと」を求め、今年4月には「ガイドライン」を施行して「国立公園内に太陽光発電設備設置は推奨しない」レッドエリアと位置づけました。しかし、自治体には法的強制力がありません、ここは国立公園ですから最終的な許認可権は国(環境省)がもっています。地元自治会の代表と一緒に6月に環境省の出先機関(長野市)を訪問してわたしたちの意見を申し入れましたが、国は「よっぽど大規模な自然破壊や災害の恐れがなければ国立公園と言えども、禁止できない」という姿勢です。

つまり、わたしたちの「あずまや高原を自然の宝庫として人びとの憩いの場として守り育てていこう」という思いは、どこにも法的根拠がないというのです。今、事業者は「自主簡易アセス」によってここに設備を設置しても問題ないという方向を出そうとしているのではないかと思います。アセスを実施するNPOの責任者の話を聴きに行き、「自主簡易アセス」の目ざすものは何かも勉強しました。しかし、わたしたちが考えているようなことは反対運動のなかでもあまり取り上げられていません。6日にらいてうの家から帰った後、わたしはヒローコンパイし、ダウン寸前になりました。1日ひっくり返って寝て過ごし、このまま起き上がれないのではないかと思いました。けれども、らいてうが『青鞜』の時代に非難誹謗を浴びせられたとき、「頼るものは誰もない」なかで「自分ひとりの知恵と力で立ち向かうほかなかった」と語っていることを思うと、ここで引っ込むわけにいかない。今朝は起き上がって、やまんば日記を書いています。これまでに全国の会員から寄せられた反対意見を、相手の事業者にも、言い出しっぺのホテル所有者にも、国にも自治体にもぶっつけて、やってみよう、と。

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