姉歯暁『農家女性の戦後史―日本農業新聞「女の階段」の五十年』をWANに紹介しました。

WAN(ウィメンズアクションネットワーク)で「人使いの荒い」編集者に頼まれて書評を書きました。じつは本の名前を聴いたとたんに「読みたい」と口走ってつけ込まれるスキをあたえたのですから自業自得。その本の名前は『農家女性の戦後史―日本農業新聞「女の階段」の五十年』(姉歯暁 こぶし書房 2018年8月刊 2200円+税)。

聞いたとき直ぐ思い浮かべたのはらいてうの家から近い長野県佐久に生まれ、らいてうと生涯親交を結んだ丸岡秀子さんのことでした。戦前から農村女性問題を研究し、戦後一貫して農村女性の自立と解放を応援してきた人です。彼女のセミドキュメント映画『ひとすじの道』は上田でも撮影され、らいてうの家も登場、わたしが「らいてうと秀子」を語るシーンも入っています。この本に出てくる「女の階段」は日本農業新聞が創設した投稿欄のことで、朝日新聞の「ひととき」や毎日新聞「女の気持ち」などとは一味ちがう「農村女性」の発言の場として続き、丸岡さんは一貫して女性たちを励まし、支援する役割を担ってきたのです。

それで時間がないのを承知で「書く書く」と引き受けてしまったのです。タイトルは『「読むこと 書くこと 行うこと」の女性群像』―これが、丸岡さんのメッセージだったからです。どうぞ以下のWANのサイトを開けてみてください。最後の部分だけ再掲します。

https://wan.or.jp/article/show/8102

(以下引用) <「女たちが行動する」意味を問う

「女の階段」に投稿するにも「夫の許可」を得てから書き、それでも投稿しつづけたという証言、姑に「百姓の嫁が本など見ていてこの身上継げるか」となじられ、「野良でお茶休みのとき本を読んだ」という述懐、そこから発見される「丸岡秀子さんが教えた『行動』とは、仕事もやり、家族を守ることだけでなく、農家を苦しめ、自分たちの生活を脅かしているものは何か、その根源を知り、行動することまで含めてなのだ」という自覚…。ここにたどり着く「女たちの自立」の思想を、姉歯さんは深い共感を持って描き出している。平塚らいてうもまたルソーの言葉を引いて「生きるとは行動することである。ただ呼吸することではない」と言ったそうだが、その意味でこの本は、先ごろトークセッションで話題になった『<化外>のフェミニズム―岩手麗ら舎読書会のおなごたち』(柳原恵)にも通じるものがあると思う。「フェミニズムという用語を使わないフェミニズム」の可能性を提示する1冊だった。>(引用終り)

そして、今「読むこと  書くこと 行うこと」というのは、農村女性だけではなく、都会の真ん中に住む女性たちにも心に響くメッセージではないか?もちろん、かくいうわたし自身に対しても。

 

 

カテゴリー: Uncategorized パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中