WILPFの談話―NPT準備委員会の「勧告不採択」の評価をめぐって 

今日は「母の日」。つれあいは今伊豆の山小屋で論文を書いています。パソコンが不具合で機嫌が悪かったのが、直ったので勇んで出かけた次第。わたしはひとり暮らしです。少し歩けるようになったけれど一歩も外出せず、しょぼしょぼ目を酷使して原稿を書こうと思いましたが、意に反して進捗せず、「骨折」前に書いた雑誌原稿の校正が出てきてしまったので、そっちにも気を取られ、おまけに娘が出先から急ぎの用があったのに「何べん電話しても出ない」と抗議メールがくる始末でした。固定電話のベルは最大限に大きくしてあるからいくら「老人性難聴」でも聴こえないはずはないのだが、昨日の眼科と言い、電話の音と言い、もはや「行き着くところまで」来てしまったのではないかと心穏やかならぬ一日でありました。それでも上田市の太陽光発電問題条例骨子案への意見は出さねばならぬ。書きはじめたらA4でびっしり2枚、2000字も書き、これじゃ役所で読んでくれないのではないかとまた落ち込みました。

それなのに気になることを書きます。来年2020年は5年に一度開かれるNPT(核不拡散条約)再検討会議の年で、その準備委員会がニューヨークの国連本部で開かれていましたが、来年の会議の指針となる「勧告」を合意することが出来ないまま5月10日に閉会したというニュースです。まとまらなかった主な理由は米ロ英仏中の核保有国が、「核兵器禁止条約について多くの国が支持、NPTを補完するもの」と認め、「核兵器の完全廃絶の明確な約束の再確認」を求めるとした「勧告案」に反発、特にトランプ大統領のアメリカが反対して紛糾、「全会一致」を原則とする「勧告」採択が出来なかったということでした。朝日新聞の解説では、このままでは来年の再検討会議でも「最終合意文書」の全会一致採択が見通せず、2015年に続いて不採択になればNPT体制は弱体化につながりかねない」(同紙2019年5月12日付)と書いています。えー、がっかり、と思ったのはわたしだけではないだろうと思いました。

しかし、別の報道で婦人国際平和自由連盟(WILPF)の軍縮プロジェクト「リーチング・クリティカル・ウィル」代表レイ・アチソンさんの談話を読んで、少し元気が出ました。彼女は、最終日に出された議長(マレーシアのサイード国連大使)の勧告案は準備委員会の討論の内容を反映して当初案より補強され(「過去の合意の完全な履行を核保有国に求める」ことを明記)、「来年に向けたよい一歩」になったと語っているのです(しんぶん赤旗 2019年5月12日付)。

わたしは9年前の2010年、NPT再検討会議に向け国連に核廃絶を求める要請活動に参加してニューヨークまで行ったことがあります。その時のアメリカはオバマ大統領で、彼がノーベル平和賞を受賞した直後でした。それでもアメリカは自国の核廃絶を約束することはできず、わたしたち平塚らいてうの会は,オバマ大統領に宛ててすべての核兵器をなくす行動を、と訴える手紙を送ったのですが、それでもこの年のNPT再検討会議では全会一致の合意文書採択に成功したのです。その時の記録はわがらいてうの会編集の『「らいてう」ニューヨークへ行く!』という小冊子にして残したので、あらためて読んでみました。

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小冊子の表紙(横断幕を持っているひとりがわたし)2010

じつは1970年にNPTが発効したとき、わたしなどこれは核保有国が「自分たちは核を持って当然だが、他国はもつな」という主張に過ぎないのではないかと疑っていました。しかし、NPTには「全面的かつ完全な軍備縮小に関する誠実な交渉を行う(第6条)」という条文があり、「軍縮」と訳されている「nuclear disarmament」という言葉には「廃止(廃絶)」という意味もあると教わってから考え方がかわりました。NPT発効から半世紀近く経ち、核兵器禁止条約が国連で採択された今、NPTは核保有国の「特権」擁護ではなく「核廃絶」をめざす国際社会の取り組み推進のよりどころとしての役割を問われているのだということが重要ではないかと思います。何よりも、核廃絶に向けた国際的取組みが大きく前進したことによってNPTの意味も変わってきたのだと思えるようになりました。その推進力になったのは何か。一つは、今回の準備委員会の議長がマレーシア出身であったこと、現在までの核兵器禁止条約の批准国と署名国の圧倒的多数がメキシコ、キューバ、ベトナム、コスタリカ、ニュージーランド、フィリピン、インドネシア、マレーシア、バングラディシュ、チリ、ペルー、アルジェリア等々であることがしめすように、世界の平和への動きはもはや核保有大国の思惑では動かせなくなっているという事実。

そしてもう一つは、「女性の力」こそ平和構築の要であることがますますはっきりしてきたことだと思います。ルイ・アチソンさんが属するWILPFは、100年前の第一次世界大戦のとき生まれた国際的な女性の平和団体です。初代会長は1931年ノーベル平和賞を受賞したジェーン・アダムズ。日本にも来たことがあります。今年、日本では新婦人協会発足100年の節目の年ですが、新婦人協会を立ち上げたらいてうが、「母性主義」をとなえたエレン・ケイとともにジェーン・アダムズに共鳴し「女性の文化としての平和」に目を開いたと語っていることは思い出されてよいと思う。WILPFは戦後も活動し、核兵器禁止条約の国連採択にあたっても有力な推進団体の一つでした。らいてうの平和思想を語るうえで重要な意味があると思っています。アチソンさんは「来年に向けて市民として核兵器の非人道的な影響の問題やジェンダーの視点も提起していきたい」と語っています。2010年にNPT要請団に参加したのは、そういう縁を感じたからですが、来年東京オリンピックは見なくてもいいから(どうせ入場券を入手できない)、ニューヨークへもう一度「NPTに基づく核兵器廃絶の誠実な交渉を」と訴えに行きたくなってしまった。本人はもう「骨折」までしているというのに、これは殆ど妄想だよなあ。おまけにパスポートは今年中に切れるのに、このトシで更新するつもりかしら。でも、アチソンさんが「核の傘のもとにあるいくつかの国が勧告案を認めながら、保有国を支持するためだけにそれを放棄した」と批判、これって日本が入ってるんだよね?とはずかしく、せめてわたしたちの意思表示をすべきではないかと思った次第です。

 

訂正 最初に公開したこの記事中、婦人国際平和自由連盟の略称を書き間違えました。「WILPF」が正しい。いつも間違えるのはLを「liberty(自由)」と錯覚してWIPLFと書いてしまうのですが、このLは「League(リーグ)」で、「自由」はFreedomらしい。

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