「核兵器禁止条約発効へ」 追伸その2 ニュースから

  これは時事通信の記事から。「批准した50か国は、一部を除いて小国や島国ばかり」と言われ、「発効しても核軍縮につながる可能性は極めて低い」とあります。しかし、今年開かれるはずだったNPT再検討会議がコロナのせいで延期され、来年開催予定ですが、この「核不拡散条約」はそれこそ核保有国に核保有を認めたうえで「全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について誠実に交渉を行うことを約束する」(第6条)とあります。ここでいう「軍備縮小」の原文(英語)は「disarmament」ですが、前段の「核軍縮(nuclear disarmament)」を受けています。

 この「誠実な交渉」が5年ごとの再検討会議でいつも取り上げられ、わたしが要請行動に参加した2010年の再検討会議(会議に出たわけではありませんよ)では、「交渉の日程を示すべき」という議論が紛糾、最終合意文書では「核兵器廃止条約交渉の検討という提案に注目」という文言にとどまったこと、2015年の時は合意文書が採択できなかったことなどの課題がありますが、核廃絶を求める国際鄭世論は確実に前進し、今回の核兵器禁止条約の発効への道を拓いてきたと思う。

 じつは、わたしは2020年のNPT再検討会議に、もう要請団の一員としての参加は、高齢ゆえ足手まといになるおそれがあるので旅行社が組織するツアーに個人参加しようと思っていました。しかし、コロナで会議は延期、アメリカへ行くこと自体が危険になったので諦めた次第です。核禁条約発効を受けた会議は来年オーストリアで開かれるそうですが、そこに行く可能性はもうないと思います。しかし、「冥途の土産」に21世紀が平和構築における「女性のイニシアティブ」の時代になるだろうということを見届けてからあの世へ行きたいと思いつつ、来年の「らいてう没後50年」に挑戦したい。だって、下記の時事通信の報道でも「女性の役割」には言及していないもの。それまで生きているだろうか?

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10/25(日) 6:16配信

【ニューヨーク時事】核兵器禁止条約の批准書や受託書を国連に寄託した国・地域が24日、発効に必要な50に達した。  ホンジュラス国連代表部が同日の批准書寄託を確認した。条約は90日後の来年1月に発効する。核兵器の使用や保有を初めて違法化する国際条約となる。  ただ、加盟国以外に効力は及ばず、現状では核保有国や日本を含む同盟国の参加は絶望的。条約発効だけで核軍縮につながる可能性は極めて低い。今後、こうした国の加盟に向けて、いかに圧力を強めていくかが課題になる。  核兵器禁止条約は2017年3月、核軍縮の停滞を背景に非保有国の主導で制定交渉が行われ、同7月に採択された。核保有国やオランダを除く同盟国は交渉に参加せず、軍縮条約としては異例の速さで採択に至った。  条約は前文に被爆者の「受け入れ難い苦痛と損害」に留意すると明記。核抑止力を意味する「核兵器を使用するとの威嚇」も禁止した。一方、核保有国が交渉に参加しなかったため、具体的な軍縮措置は盛り込まれなかった。  核兵器禁止条約制定を働き掛け、ノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」で国連を担当するセス・シェルデン氏は「条約発効で(核兵器は違法という国際的な)規範が強まることで、非加盟国の行動に影響を及ぼす可能性はある」と指摘。核保有国などに加盟を促す活動を続けていく方針だ。 

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追伸 核兵器禁止条約、「50か国批准」達成し来年1月発効へ 

毎日新聞の報道によれば、核禁条約は50番目の国ホンジュラスが批准し、発効が確実になりました。日本政府はそっぽを向いています。批准を求めてきた被爆者や市民の間に「政府は核廃絶の橋渡しをするというが、何もしていないではないか」という声が上がっています。以下、毎日新聞の配信記事から引用。、

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史上初めて核兵器を全面禁止する核兵器禁止条約を批准した国・地域が24日、発効に必要な50に達した。中米ホンジュラスが新たに批准した。条約は90日後の来年1月22日に発効する。米露などの核保有国や米国の「核の傘」に依存する日本などは不参加で実効性に欠けるが、核兵器を非人道兵器とする国際規範ができることで「核なき世界」に向けた新たな一歩となる。 毎日新聞2020年10月25日配信

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ジェンダー視点からの平和構築論に注目―核兵器禁止条約は21世紀に「女性が世界を変える」合図になる 20.10.24

東京は、晴れ間が見えてきました。いざ洗濯を。Yさんが持ち帰ってくれた姉の衣類の洗濯もしてもらえそうです。ありがたや。昨夜は、姉のご近所の方と電話で話し、「お姉さんの一人暮らしは無理でも、僕ら近くにいるものができることをしなくては」と言ってくださいました。そうか。わたしは共働きで子育てするときも、困ったときは「恥も外聞もなく」というのでしょうか、「助けて!」と叫び、保育園やPTAの仲間が気にかけてくれました。息子が学校から帰る途中にお花やさんがあり、息子はそこでよく「おばちゃん、水飲みたい」とねだったそうです。息子に言わせると「花屋さんのお水は冷たくておいしいんだもん」ですって。そんな話ひとつでも、昼間の子どもを見ていないわたしにとってはすがりつきたいほどありがたい話でした。今、わたしが「困った」とつぶやいただけで、おそうじや見守りをしようという方が現れてくれるのです。ブログを見たといって、メールをくださる方も。みんな「おまえが壊れないように」と気遣ってくださいました。人はそういうつながりがあると思うだけで元気になれるのだ、などと言うことは「介護のイロハ」に決まっていますが、それができないし言える人がいなくて「孤立」するひともいっぱいいるのです。がんばって「助けて!」と叫ぼう、と思いました。みなさん、ありがとう。

 そして、女たちは生活に追い回されているだけではないと実感できるニュースも、晴れ間とともに伝わってきました。一つは迫ってきたアメリカの大統領選挙で、「女性の投票がトランプ政治をやめさせる原動力になるかも」という論評が出てきています。もともと女性の方がアンチトランプ意識が強かったのは周知の事実で、だからトランプ大統領が「(郊外の)女性のみなさん、私を好きになって」と呼びかけたというのですが、あのマッチョな「男らしさ」を売り物にしてきた彼に「イエス」と言えない女性が増えているそうです。人種とジェンダーの二重差別に脅かされている女性たちはもちろんですが、比較的穏やかな日々を暮らし、これまで政治的には明確な意思表示をしてこなかった白人中心の「郊外の女性」たちがコロナで子どもの命をはじめ生活が脅かされていると感じ、「何もしてくれなかった」トランプ大統領に「ノー」を突き付け始めた、というエッセイを読みました。毎日新聞10月24日配信のロス在住樋口博子さんの文章。長いエッセイですが、全文引用はできないから、部分的に。

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 ◇見えにくかった郊外女性たちの声  16年(大統領選挙のあった年)は「ブルーカラーの白人男性」らがトランプ氏を勝たせたと言われます。(中略)では今回はどの層が選挙戦の勝敗を左右するのか。私は「郊外の女性たち」だと考えています。(中略)私が「女性」に注目するのには理由があります。  今回の選挙戦で彼女らの声は、とても見えにくくなっていました。(中略)彼女らの多くは、SNSなどで政治的意見を述べることが日常的ではなく、保健行政のガイドラインを順守し、自宅で静かに暮らす普通の女性たちです。(中略)

◇蓄積された怒り  しかし彼女らには、蓄積されてきたトランプ氏に対する怒り、呆(あき)れ、後悔があります。 トランプ氏は16年の当選前から、女性に対する数々のセクシュアルハラスメントで訴えられ、ときにはそれを自慢することさえありました。大統領就任の際には50万人が首都ワシントンに集まり、抗議の声を上げました。「ウィメンズ・マーチ(Women’s March)」と呼ばれたこの抗議運動は、後に「#Me Too運動」とも連動し、今では世界各地で行われるようになっています。(中略)「女性蔑視の発言を繰り返すトランプ氏が大統領になって、生まれて初めて危機感を持った」「クリントン氏が嫌で投票しなかったら、本当にトランプ氏が大統領になってしまった」  彼女らは危機感や後悔の念を私に話してくれました。それから4年、トランプ氏がこうした声と真摯(しんし)に向き合ってきたとは言えません。そして今年のコロナ禍で、トランプ氏はさらなる負荷を女性たちに与えました。

◇母親としての苛立ち  新型コロナの感染拡大は、女性が多く働くサービス業、ヘルスケア、教育産業を直撃しました。コロナ禍で学校が閉鎖し、自宅でオンライン授業を受ける子供のために自主退職する女性も増えた結果、女性の失業率は15.5%(20年4月)で男性より2.5ポイント高くなりました。  家族世帯が多い郊外では、在宅ワークに切り替えた女性たちが仕事と子供の教育に二重のストレスを抱え、生活費とローンのやりくりに苦しんでいます。米国の子供の21%(国勢調査局、19年)を占めるシングルマザー家庭はさらに深刻です。(中略)

◇論点ずらしは意図的?  そして接戦州ペンシルベニアの集会でトランプ氏が「私を好きになってください」と懇願した後、何と言ったか。  トランプ氏は、自身の政策のおかげで郊外に犯罪が持ち込まれず、治安が守られたのだとアピールしました。これ自体が誤解を招く物言いですが、ここで治安の話を持ち出すのは、人々の意識をコロナからそらす意図があるようにも見えます。何よりそれは、多くの郊外女性たちが求める答えではありません。  トランプ氏の大統領就任で問題意識を持った女性たち。コロナ禍によるストレスで、行き場のない怒りと闘う女性たち。この女性たちが、今年はトランプ氏を“裁く”と感じています。引用終わり。

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 そしてもう一つは、2017年に国連で採択された核兵器禁止条約が、批准50か国で発効するのですが、ついにこのほどジャマイカとナウルが批准、あと1か国で50か国に到達する見込みとなったそうです。年内に50か国になるでしょう。日本の被爆者サーロ 節子さんとノーベル平和賞受賞団体「ICAN」のベアトリス事務局長、そしてわたしも最近ファンになった国連事務次長の中満泉さんの女性3人の写真とともにニュースが流れました。あとで紹介したいのですが、川田忠明さんの『市民とジェンダーの核軍縮―核兵器禁止条約で変える世界』(新日本出版社 2020)が素敵に面白い。ぜひ読んでみて。

 彼は「ジェンダー観点で核軍縮を」という章を設けて「男らしさ」の表象としての「核兵器」を「女性の参加」によって廃絶する軍縮の可能性を論じています。核兵器禁止条約の前文に「核兵器の破滅的な結果」が「女性と少女に不均衡な影響を与えることを認識」という文言が入り、さらに核兵器禁止の交渉に「女性および男性の双方による、平等で十分かつ効果的な参加が、持続可能な平和と安全の促進と達成のために不可欠な要素であることを認識し、女性の核軍縮への効果的な参加を支援し強化することを約束」と明記してあります(川田さんの本から引用)。原案はもっとはっきりした文面だったらしい。しかし、世界平和構築の柱となる条約に、これだけはっきり「ジェンダー観点」が盛り込まれたのは2000年の国連安保理決議1325号で武力紛争解決のために女性の参加が必要だとした時以来の前進です。そういう視点を提案したのは、川田さんによれば「コスタリカ、アイルランド、オーストリア、ナイジェリア、メキシコなどの国々」だったということです。核兵器が女性(子どもを含む少女も)にもたらす「不均衡な影響を明記する提案には、これらの国を含めてジャマイカ、スウェーデン、リヒテンシュタイン、バングラディシュ、ブラジル、モザンビーク、インドネシアなどが賛成したそうです。

 そこで、もう一つニュースを。ベルギーで先日7党による連立内閣が成立しましたが、20人の閣僚は男女同数。政党間で政策合意するのに激論があったそうですが、85ページにもなる合意書には「ベルギーは、NATO内での責任と義務を果たしながら、国際レベルでは、非核化・核不拡散に積極的に取り組む。ベルギーは2021年の核不拡散条約の見直し会議でリーダーシップを取り、NATO加盟の欧州諸国と共に、核不拡散の多国籍枠組みを強め、国連核兵器禁止条約がどうしたら核兵器禁止の多国籍枠組みに新らしい弾みを与えられるかを模索する」と明記されたのです。

 ベルギーといえば、NATO(北大西洋条約機構)の本部がベルギーのブリュッセルにあることで知られています。そのベルギーが核兵器禁止条約に肯定的な態度を取ったのですから、世界が注目しました。わたしは、アメリカを含む軍事同盟としての役割を持つNATOに加盟しながら核禁条約に賛意を示すことが可能なら、日本が「アメリカの核の傘」の中にいるから核禁条約に参加できないということはないと思いましたね。それでも今の菅政権では絶対にやらないだろうけれど、少なくとも日米安保体制のもとにあっても被爆国であり、日本国憲法九条を持つ国として、「核の傘」などに頼らない平和体制を作るためのアピールを発すべきだという議論をしなくてはならない。そして女性がそのような政策と理論構築の主体になることを、今や世界が求めていると思う。わたしが今残った力を振り絞って取り組みたいのは、その可能性をひらくことなのですが…。

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続「アメリカ最高裁判事任命」と「杉田水脈差別発言」をめぐる「わが心の涙」 

9月27日付のブログで、「アメリカ最高裁判事任命」と「杉田水脈差別発言」をめぐって、この2つの暗雲がこの時の曇天続きと同じように「わが心にも涙降る」思いをさせている、と書きました。それから―か月も経っていませんが、東京の天気はやはり曇り続きです。22日にはあの故ルース・ベイダー・ギンズバーク判事の後任に、トランプ大統領に指名された超保守派の女性判事が上院で任命可決になりました。彼女は妊娠中絶を認めない保守派だそうです。戦前の日本はあらゆる妊娠中絶は堕胎罪に問われました。望まない子を妊娠してしまったときどんな恐怖があったか、医者にもかかれずヤミで中絶を試みて死んでしまう貧農の母を描いた長塚節の明治期名作小説『土』を読んでみてほしい。長野県の天竜川沿いは戦前有名な製糸業地帯でしたが、その川べりにかかる水車に、工場で男工に手籠めにされ妊娠してしまった工女が身を投げた遺体が引っ掛かったという話もあります(山本茂実『あゝ野麦峠』より)。オバマ大統領の時は選挙までに半年もあったのに、次期大統領が決めるべきと反対した共和党が選挙僅か2週間足らず前の今、それも同時選挙で共和党は上院の多数を失うかもしれないという情勢で駆け込み採決したのです。暗雲は大雨になりました。

 もう一方の「杉田発言」も、13万数千人の署名をもって自民党に辞職要請した市民グループに対し(わたしも署名した)、自民党は受け取り拒否でした。受け取り拒否したのも自民党の野田聖子幹事長代行でした。総裁選に名乗りを上げるという点で日本では異色の女性政治家ですが、政党の枠組みでしか動けなければこうするほかなかったのでしょうか。運動のほうは「フラワーデモ」として続いています。

 余計な話ですが、「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」と呼ばれる用語は、「妊娠中絶の権利」と解釈されることがありますが、それはこの権利の一部に過ぎず、「生殖における健康と権利」と訳される通り、だれもが生涯にわたって自らの健康を保障され、自分自身で「産むこと」「産まないこと」を選択できる権利のことです。そこには望まない妊娠を中絶できることも含まれますが、「中絶を強制されることの禁止」も含まれ、「産む権利」の保障も当然含まれます。杉田議員は「同性婚は子を産まないから生産性がない」と言い、性暴力を受けた女性が「いくらでもウソをつく」と言う発言をして、国際社会が時間をかけて築いてきた「性と生殖の権利」への無知を露呈しました。それなのに自民党内では「注意してものを言うように」といっただけだとは面妖な。

 というわけで、わたしの心の雨降り状態は今も継続中です。東京の天気が曇天続きであるのと同じように。

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もう「断捨離」するには遅すぎた? 

姉が緊急入院してもう3週間たちました。面会は「週一回一人だけ15分」の制限付きで可能ですが、今は着替えや支払いのこともあり、わたしが毎週行っています。「退院の予定はいつでしょうか」と聞いてもはっきりせず、10月中は入院かと思います。入院中に介護度の変更を申請し、退院しても一人暮らしは無理ではないかという心配への対処を考えないと退院させられないのではないかと感じているので、うるさく聞かないことにしています。

 姉は「老人ホームにはいかない」と言います。「じゃあどうするの?」と聞いても本人が思うようにならないのだから仕方がない。姉を受け入れてくれた「ショウタキ」さんに、在宅24時間介護ができるかと聞いてみましたが「制度上はあるが、人的にカバー困難」だそうです。今までだって人手不足で病院へ行くのに行きだけは送ってくれるけれど院内の付き添いと帰りは私と弟がやっています。わたしたちだってもう80代後半に突入しているのに、どうするのだろう。「身内」が面倒みられなくなったら?世の中にはそういうお年寄りがたくさんいて、「孤老」などと言われますが、そして上野千鶴子さんは『おひとりさまの最期』などと言う本を書いて激励してくださいますが、わたしのような場合はどうしたらいいのだろう。

 ともかく、昨日はもう3週間放ってある彼女の自宅のマンションの片づけに行きました。はっきり言ってキッチンも冷蔵庫もトイレも始末しなければならないものが放り出したままになっているのです。途方に暮れる私に救いの手を差し伸べてくれたのは、お母さまを遠方から引き取り、近くに住いを借りて住んでもらったら間もなく倒れられ、今は介護付きの老人ホームで暮らしているという友人が「わたし、親の実家と母の住まいを2回も片付けたから慣れてる」とエプロン持参で助っ人に来てくれました。彼女のお母さまは倒れる直前まではきちんと暮らしておられたことを知っているので、もう何年も外を一人では歩けない状態になっている姉とは違います。さすがの彼女も「入ったときはびっくりした」と言っていました。デイサービスとヘルパーさん,それに近所の方が何かにつけて来てくれるので、特にコロナになってからは私は病院の付き添い以外はほとんど訪ねていませんが、この半年余りで自宅の整理に手が届いていないことがわかりました。わが友人は手際よくあらゆるごみをポリ袋に詰めてごみ置き場に運び、冷蔵庫内の食品は片っぱしから捨て、飲みかけの水のペットボトルも冷凍庫に何か月も前からあった食品も処分、散乱していた衣類も袋に詰めて「これは明日わたしが車で来てうちに運び、洗う」と仰るのです。ここにも洗濯機がありますが干す場所がありません。カミサマホトケサマが舞い降りたかと思いました。

 で、翌日わたしが面会に行った病院まで車で迎えに来てくれ、その足で洗濯物を取りに姉のマンションへ。冷蔵庫をきれいに洗い、消毒と消臭剤をまいて、後は後日と言うことに。洗濯物を載せて帰りはわたしを吉祥寺駅まで送ってくれました。

 見ず知らずの姉のために、というよりわたしの窮状を見かねてだと思うのですが、わたし一人ではできない片付けをこんなに手際よく片付けてくれた彼女に感謝あるのみです。顧みてわが家を思うと、大体自分の家の片付けもできないのだから論外。わが家の場合散らかっているのは衣類や食品ではなく、大部分は本と郵便物の山です。部屋のあちこちに、買ったまままだ読んでいない本や会議の資料、新聞の切り抜きや郵便物の山がいくつもあり、どれも捨てられない。パソコンのメールも不要なのは削除していますが、最近の情報氾濫時代にこの資料は保存しておこうと思うとたちまちメールボックスは満杯。しかし、もうこれらを断捨離できる体力とアタマが残っていないと思うようになりました。唯一可能なのは「全部捨てる」ことだと思うのですが、それができない。ホコリ以外に腐ったり異臭を放ったりはしないからそのまま置いてありますが、毎日毎日増えていくのがキョーフのタネです。今わたしにできることはせめてこれ以上増やさないために取っている雑誌類をやめること、贈られてくるものについては丁重に辞退することなのですが、頂いたものでも読まずに処分はできないからかならず開封して読むのがまた一仕事です。読めば有益なのでやっぱり捨てられない。姉のことを他人事だとおもえず、それでまた考え込んでしまう昨日今日でした。

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「中曽根元首相」葬儀に国立大学の「弔意」表明は「事件」です。.

中曽根元首相の内閣と自民党による合同葬が17日に行われました。わざわざ土曜日を選んだのかと思ったら、じつはこの日は戦前「神嘗祭」といって「天皇がその年にとれた新しい米を伊勢神宮(天照大神―筆者注)に奉る祭り」(大辞林による)の日に当たり、れっきとした「皇室行事」。戦前戦中は国の祭日でした。ちなみに11月23日の「勤労感謝の日」はもと新嘗祭という皇室の神事が国の祭日とされ、戦後はいずれも天皇の神格化をはかる祭日として廃止されたものです。ところが11月23日は『勤労感謝の日』として復活、ついでに言うと明治天皇の誕生日に当たる「明治節」も戦後廃止されますが、「文化の日」として復活、史実ではない神話上の「神武天皇」が即位した日という「紀元節」(2月11日)も戦後廃止されたものが「建国記念の日」として復活しています。「建国記念日」ではなく「の」がついているのは、この日が日本国成立の日という史実は存しないことを承知で「建国をしのび、国を愛する心をやしなう」ために制定したからです。ほかの国でこんな曖昧な建国記念日があるでしょうか。アメリカの独立記念日は1776年7月4日、フィラデルフィアで「独立宣言」によりイギリスからの独立が確定した日ですし、中國の「国慶節」は中華人民共和国成立の日だということははっきりしています。

 横道にそれましたが、中曽根元首相の葬儀をこの日にしたのはまさか「神嘗祭」にあやかったわけじゃない?ついでにいうと、戦後「国民の祝日」が設けられ、新設された祝日が「三連休」を増やすために月曜日に移動したり、今年は東京オリンピックを当て込んで大幅に日時変更されましたが、「春分」「秋分」の日が動かせないのは当然として、旧明治節や新嘗祭、紀元節は絶対に動かされないからね。「成人の日」なんて制定当時は1月15日で、かつて「小正月」と呼ばれ、男子の成人を示す「元服」(これはジェンダー視点から見れば問題)が行われたことにちなむという由来があったのですが、「ハッピーマンデー」政策で第2月曜日に移されてしまった。

 閑話休題。それはともかく、この葬儀に当たって文科省が全国の国立大学(独立行政法人)に弔意表明のため「半旗の掲揚」や「黙とう」などを要請、「大学院大を除く国立大82校のうち、56校が弔旗や半旗を掲揚することが共同通信の調べで分かった」という報道がされました。当日「雨のため掲揚を取りやめた」という大学もあり、「土曜日で教職員は出勤しないので黙とうはしない」という大学も多かったそうですが、いささかぶぜんたる思いです。一方では「弔意や黙とうは個人の自由に属するもので、大学として行うべきでない」という意見もあったそうですが、大学の多くが要請に従ったということは、さきごろの学術会議会員任命拒否問題でも学会や研究団体等からは「学問思想の自由をおかすもの」という抗議声明が続々出ているのに、「学問の本家?」であるはずの大学の反応がにぶい事とあいまって、もはや「国立大学」には国の意向に異議を述べる自由がないのか、という思いにとらわれます。その点私立大学では法政大学田中優子総長の批判意見は立派だったなあ。

 東京大学や筑波大学で学長(総長)選出を巡る不透明な経過に批判が起こっていることも考えると、「学問の自由」の根拠地というべき大学の自治がいまや政府への忖度の前に押しつぶされていくという懸念を禁じえません。学術会議会員の菅首相による任命拒否が「政府の言うことを聞かなければこうなる」という恫喝として響いたのではないか。「弔意表明しなかった」大学に対し今後予算面などで圧力がかかるのではないか、という声が出ているのも「妄想」と片付けられない。学問思想の自由が抑圧される時代は、戦争とファシズムの時代です。もはや時代はそっちに向かって走り出したのだろうか。生きてそんな時代をみたくはないが、このまま抵抗できずに死んでしまうのも恨みが残る。政権発足後(予想していたが)1か月で正体みえた「スガ政治」にどう対峙していくか・・・。

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最高裁の「郵政非正規労働者の手当て差別是正」判決をよかったと思いつつ―「女性に対する間接差別」を考えてしまった 

大阪医大とメトロコマースの「ボーナス」「退職金」請求裁判が最高裁で全面敗訴した直後、最高裁では日本郵政で働く非正規労働者の手当支給について認める判決を出しました。「全面勝利!」と喜ぶ原告に「よかったね」とひそかに拍手を送ったわたしですが、写真に写っている原告が男性ばかりだったことに気が付きました。負けた判決の原告は女性ばかりです。

 もちろん、これは男性と女性の違いではありません。しかし、郵政のほうは「正規労働者とほぼ同じような仕事をしている」のに正規労働者に出す手当てを出さないのはおかしい」と認めたのに対し、大学と地下鉄で働く女性たちの「ボーナスと退職金」要求に対しては「正規労働者と同じ仕事をしているとは言ええない(より軽い仕事をしている)」から賃金の基幹であるボーナスや退職金は払わなくても不合理とは言えない」というものらしい。「同一労働同一賃金」に当てはまらないから?そしてそういう人たちはボーナスや退職金で引き留めるほどの価値がない、といわんばかりの判決だったとわたしは思っています。そしてそういう扱いを受けている非正規の多くが女性です。以下わたしが目にした意見の一部です。

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「大阪医大とメトロコマースへの差別容認判決は、女性に対する間接差別だと思います。2100万非正規労働者の7割は女性で、しかももともと各種手当をもらえる対象から「除外」されることの多い女性にとっては、基本給はもちろん、賞与や退職金など基本給を補完する役割のある根幹部分の格差が解消されないかぎり、同一価値労働同一賃金なんて実現するはずがありません」

「最高裁は、大阪医科大(現・大阪医科薬科大学)のアルバイト職員と、「メトロコマース」社の地下鉄売店で働く非正規社員たちの待遇差別について、それぞれ、賞与・私傷病休職保障と退職金とを認めていた高裁判決を覆しました。正規への登用試験を設けていたからとか、「有為な人材」を確保するためのものだから、とかいう理由で、職務内容の比較吟味もまともにないまま『不合理な格差とまでは言えない』としたものです」等々。

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 「女性」というだけで定年制に差をつけたり(昔は女性のみ「25歳定年」とか「結婚退職」が制度化されていた企業もある)するのは「直接差別」です。これは「女性差別撤廃条約」が批准さ「男女雇用機会均等法」が成立したから、表向きはなくなっていきましたが、そこで横行したのが「間接差別」です。有名なのは「コース別人事」と称して実際には女性を昇進させないコースに割り当てるシステムが横行しました。「コース別」であって「性別」ではないから女性差別ではない」というわけ。そして高度成長期には「パート」という名の非正規労働者のほとんどが女性で、事実上無権利低賃金労働の担い手でした。「主婦の、フルタイムでは働きたくないという要望があるので」などと言われましたがやがて「新自由主義」と呼ばれる経済システムが世界を席巻し、どんなに儲かっている企業でも「非正規」を当然のように採用し始めた時から、男性の「非正規化」も広がりましたが、それでも現在の非正規労働者の7割は女性だそうです。その多くは「非正規のほうがいい」のではなく「非正規しか仕事がない」から選ばざるを得ない状況です。コロナ禍で、こうした非正規労働者が真っ先に仕事を失いました。公然と女性差別していなくても、結果として女性にたいして差別的な結果を生んでいるとすれば、それは「間接差別」です。

 わたしが働いていた地方自治体では、1990年代になっても夫婦共働きの教員や公務員の一方が管理職になると配偶者のほうは退職するという「不文律」が生きていて、退職するのは圧倒的に「妻」でした。「妻」が管理職になったらどうなるか。まずはそうならないように「夫」を先に管理職にするというのです。これでは女性の管理職が出るのは難しい。妻も教員だった男性教員が「妻が校長になったら自分が退職する」と宣言して話題になりましたが、男性がそういうとみんな「それはおかしい」というのに「夫が校長になったら教員の妻は退職」というのはあたりまえと見られていたわけです。自分の意志で退職するのですから「差別ではない」と言われますが、れっきとした「間接差別」です。今は大学の学長(総長)になる女性も増えてきましたが、わたしが働いていたころは女子短大なのに創立以来学長は男性ばかりで、「どうして女性の学長が出ないのですか」と言ったら「女性にはとても無理」という声が返って来たのにはびっくり。「(女性の)自分でも務まると思うけれど」とつぶやいたので総スカンを食いました。

  「女性に対する間接差別」は労働問題だけではありません、わたしが「死ぬまでに、実現してほしい」と希望している「選択的夫婦別姓」も、国は「法律上は夫婦いずれかの姓を選ぶ」としていて、戦前の「家制度」のように女性が結婚すれば「夫」となる男性の「家」に入りその「氏」を名乗らなければならない」という強制をしていないのだから、憲法24条の「婚姻における両性の平等」に反しないと言いますが、じつは結婚で姓を変えるのは96%以上が女性であり、「姓を変えたくない」と望む女性が自分の姓を名乗ることができないのは「間接差別」です。また「間接差別」は女性に対してだけでなく、障がいを持つ人やLGBTの人、人種や出自に至るまで、無数にあります。

 日本は、女性に対する間接差別については後進国です。国連では日本政府にたいし、再三間接差別禁止の明文化を勧告してきました。今、焦点になっているのは女性差別撤廃条約に基づく女性の権利保障のため、個人の通報制度を認める「選択議定書」を日本政府に批准させることをめざす「女性差別撤廃条約実現アクション」の活動です。日本政府はこれにまだ応えていません。「間接差別」を容認するような動きを止めるためにも批准させなくては。

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「非正規」をバカにしないで―「非正規にはボーナスも退職金も出さない」最高裁判決に「髪が逆立つ」ほどの怒り

 今朝の新聞を読み、「怒髪天を衝く」思いです。「女はウソつき」発言の杉田水脈議員に辞職を求める署名13万余りを自民党は受取りを拒否した。学術会議会員任命拒否問題では「任命権」を振りかざす首相が「6人削除前」の名簿を見ていなかったこと(じゃあ誰が削除したの?)。東大総長選出について非公開の会議で「代議員投票で上位にいた女性候補」を「多様性が保たれるという世間の評価を得るために女性を選ぶのは避けるべき」(朝日新聞10月14日付)という理由?で最終候補から外した(つまり女性を総長にするのは世間に迎合するもの」というの?)等々、朝から気分が悪くなりました。

 しかし、極め付きは最高裁が大阪高裁と東京高裁の判決をひっくり返して「非正規労働者にはたとえ一部であってもボーナスや退職金を支払う必要はない」という判決を出したことです。詳しい説明は新聞を読んでほしいと思いますが、大阪医科薬科大学のアルバイトであった女性が大阪地裁にボーナス支給を求め、東京メトロの子会社メトロコマースの契約社員だった女性が退職金の支払いを求めて東京地裁に提訴した裁判で、1審では敗訴したけれどそれぞれの高裁でボーナスも退職金も正社員と同等ではないが一部支給を認めたものを、ひっくり返したのです。その理由が「退職金やボーナスは「正社員としての職務を遂行しうる人材の確保や定着を図るため」であり、アルバイトや契約社員などの「非正規」とは仕事が違うから出さなくても合理性はある」というものです。簡単に言うと「正社員はボーナスや退職金を出して会社にいてほしいが、非正規にはその必要がない」ということになり、「責任ある仕事をしていない」から出さなくてもいいということになります。

 しかし、「新自由主義」とか「規制緩和」の名のもとに正社員や正職員を片っ端から削減して「非正規化」したのは企業や役所(つまり国や自治体の公務を含む)の側であって、大部分は自分から望んで非正規になったわけでもなければまして「引き止められるに値しない」低い能力の持ち主であったわけでもない。私がコチンときたのは、この部分です。

 わたしは大学で助手時代に頼まれていくつもの大学で非常勤講師を務め、退職後はそれしか収入がなかった時期もありました。週1回90分授業をするのに往復3時間かかるところへも行き(準備に1日、講義の日はそれだけで1日かかり、手当ては月額2万円くらいでした)。しまいに専任教員が辞めた後の後任が見つからず、「卒業論文指導」のゼミを臨時に引き受けたこともあります。そのとき専任教員は「卒論合宿」という泊まり込み指導をし、その旅費や宿泊費等は給料とは別に出るのですが、「非常勤」には出ないといわれました。しかし学生に差をつけてはかわいそう、と掛け合って、出どころは正規予算ではなかったかもしれないがいくらかの手当てを獲得したことがあります。教材のプリントのコピーも正教員にはカードがあって研究費から支払われるのに非常勤にはなく、自腹で印刷しました。別の大学で12年も非常勤で通い、「やめたい」といっても「ほかにいないので」と頼まれて続けてきたのに、わたしがそれまでいた大学に辞表を出した直後のある日突然「新しい人を採用したので来年から来なくていい」とクビになったこともあります。今は非常勤講師の組合もありますが、30年以上前にはなかった。わたしは当時「日雇い組合」といわれた「全日自労」と呼ばれた組合を訪ねて組合員にしてもらったことがあります。そこは大学当局と交渉してはくれなかったけれど自分が日雇い労働者と同じ無権利の働く女性だということを確認しておこうと思ったのです。

 しかし、それはわたしがこのんで非常勤になったわけでもなけれ「能力が低かった」からでもないと思っています。それなのに、今回の最高裁判決は、「非正規は引き留めるに値しない人材だ」ということを公然と宣言したのです。これは人格の尊厳を踏みにじるものではないか。わたしは25年間助手として教壇に立つことができず、「研究だけしていればいい」と言われましたが、教育機関である大学で教壇に立てないことは人権侵害であると思って人権擁護委員会に救済申し立てをしようかと思ったことがあります。それ以前に1975年の国際女性年の時、東京都も都立の大学で女性研究者の「処遇改善」をうたったので、女性の助手が連名して「わたしたちは環境問題や女性問題、労働問題などで業績を持ち、これからの大学に必要な教育課題を担うことができる。助手を教壇に」と言う要請書を出したことがあります。認められませんでしたけれど。理由は「助手は職責上教授の「手」であって教壇に立つ資格がない」というものでした。今は「助教」と改められましたけどね。わたしは「教壇に立つことができないような人間を、なぜ他の大学の非常勤講師になることにはOKを出すのですか?(在職中は兼任の申請を出し、教授会が承認しなければ認められない)」と質問してますますニラマレたこともあります。事程さように「非正規」には「能力がないから」という刷り込みがついてまとっていたのです。その「亡霊」がいまも生きていることに、わたしが怒るゆえんです。非正規の多くが女性であるという現実から見ればこれは明らかにジェンダー差別でもあると思う。アメリカ最高裁判事の任命が大きな政治的争点になっていますが、日本の最高裁も「企業が歓迎」するような判決を出すとは!

 ここまで書いたら出かける時間になりました。書きなぐりはお許しを。

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三陸海岸大船渡から「とれたてサンマ」到来!

 今年もサンマは超不漁。9月に、最近仲良くなった魚屋さんに行ったら「解凍サンマ」が1匹250円でした。おいしかったけれど、やっぱり旬の味には及ばない。ピチピチの真っ黒な目と銀色の肌をきらめかせているサンマに会いたいなあと夢見る思いでいた今朝がた、なんとドーンと届いたのが三陸は大船渡漁港からの宅急便。昨日の朝一番に水揚げしたサンマがぎっしり氷詰めになっていました。おもわず「ウッソオー!」と叫んでしまった・・・。

こんなピカピカの「秋刀魚」がこの3倍も入っていました!

 贈り主は言わずと知れた、大船渡の村上さん。東日本大震災の津波で自宅を失い、仮設住宅におられたころ、何もできないのに「お茶っこボランティアくらいなら」と大阪は堺から車を飛ばしてやってくる山田夫妻にくっついて何年か仮設住宅に通った時お知り合いになり、それから季節になると牡蠣やらホタテなどを送ってくださるようになった方です。じつは昨年もサンマはとれず、それなのに「今は不漁だが、もう少ししたら送るから」と言われて「とんでもない、そんな高価なものをいただくわけにいきません」と固辞したにもかかわらず、「津波からやっと立ち直った大船渡の心意気ですから」と送っていただいてしまいました。今年は「まったくとれない」とニュースになったので、「これなら送っていただかないで済むだろう」と‟安心”していたのに!

 まずは荷物を開けて「夢に見た」一本刀のようなサンマと対面。その日の夕飯にいただきました。近くのお店にスダチがなかったのでバスで駅ビルの中の八百屋さんまで買いに行き、大根おろしもたっぷり添えて。ちなみにつれあいドノは2本所望して平らげました。独り占めは申し訳ないと思い、一番近くに住んでいる友人に「サンマ要る?」とメールしたら、ややあって「欲しい!」と返信が。たしか今お孫さんが来ていると聞いていたから3本かなと思ったけれど、そうだ、孫のお父ちゃん(つまり友人の息子)も一緒だったと気が付いてもう一本おまけし、スダチもつけ手渡ししました。娘に「サンマのためだけに来るか?」と聞いたら「今日は仕事で行けない。冷凍しておいて」という返事。親バカですねえ。言われた通りにしましたよ。

2日続けて「サンマづくし」。大皿からもはみ出す勢いでした。

 そしてトロ箱の上に1通のお手紙が載っていました。「こどもたちからのさんまレター」です。消しゴムで消しては書きなおした跡があり、「さんまをかってくれてありがとう。おおふなとにもあそびにきてね!」とありました。ありがとう、来年3月11日が津波から10周年だから、その日でなくても来年行くからね、と口走ってしまいました。コロナで最後まで感染者ゼロだった岩手県(今も感染者は少ない)に毎日200人も感染している東京からいっては悪いと思いつつ、来春までにコロナよ飛んでけ!と思いましたね。やっぱり生きていなくちゃ。なんだかほろほろと心があたたかくなり、体も元気になったような気がした「サンマ物語」でした。

同封の「こどもたちからのさんまレター」(表)
かわいいお手紙。椿は大船渡のシンボルフラワーです
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追伸―「茨木のり子―2020秋」で出会った人と言葉たち―「わかった」などと言わせない「寂寥」と向き合う

 10月9日の「茨木のり子―2020秋」のつどいで、たくさんの方にお会いしました。らいてうの家に来てくださった方や、「昔あなたの話を聞いた」という方もいて、(天子でもないくせに)「綸言汗の如し」とおそれいりましたが、そのほかにも受付で販売していた本を「どうぞ」と贈呈してくださった方(橋本孝『機嫌直して、、、。』幻冬舎)や名刺をくださった方にも出会い、光栄至極でありました。帰るときの出口には、かのムンロ王子が見送りに出ておられ、みなさん「記念撮影を」などと殺到していましたっけ。わたしも行列しようかと思ったけれど、なんせ向こう様は190センチくらいありそうな長身、わたしが並んだらガリバーと小人国のオバアサンになりそうゆえ、恥ずかしくてできなかった…。でも、オンラインではこういう光景を目撃することもないものね。コロナよさっさと退散しておくれ。

 ところで印象に残ったのは『茨木のり子手帖』という小冊子をいただいたことです。2019年7月創刊、夏、秋、冬、春と出し続けて「2020年夏 5号」までをまとめてプレゼントしていただきました。「茨木のり子ファン」と言えばそれまでですが、ハンパじゃない入れ込みようで、彼女の詩の朗読会や生家訪問などにも挑戦、「Ibaragitei 草刈りボランティア」まで募る熱心ぶりに圧倒されました。そこで知った茨木のり子の詩に心惹かれるものがあり、それはわたしが読んでいなかった『人名詩集』(1971)収録の「知」という詩です。抜き書きは失礼ですが抜粋で。『茨木のり子手帖』4号・春(2020年5月刊より引用。

 「(前略) 人のさびしさも 悔恨も 頭ではわかる/その人に特有の怒髪も 切歯扼腕も 目には見える/しかし我が惑乱として密着できてはいないのだ/知らないに等しかろう  

他の人にとっては さわれもしない/どこから湧くともしれぬ私の寂寥もまた

それらを一挙に埋めるには 想像力をばたつかせるよりないのだろうが/この翼とて 手入れのわりには/勁くなったとも しなやかになったとも 言いきれぬ 

やたらに/わかった わかった わかったと叫ぶ仁/わたしのわかったと言い得るものは/何と何と何であろう

不惑をすぎて 愕然となる/持てる知識の曖昧さ いい加減さ 身の浮薄!(以下略)」

そしてこの詩の最後は「言葉 はた と躓き 黙り込む」で結ばれているのです。詩人が言葉につまずき黙り込む、という寂寥の深さを、それこそ「わかったわかった」などと口走ることを許さないきびしさに打たれました。らいてうがあの「塩原事件」のとき書いた遺書「他人の犯すところにあらず」を思い出してしまった。でも、共感するものがある。それは茨木のり子を「わかった」などと叫ぶ浮薄さではなく、わたし自身のことばとは何かという問いへの模索として受け止めたい。『茨木のり子手帖』のみなさん、ありがとう。

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